青空に入道雲が立ち上る季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。現在、当館内では空の移ろいのように様々な「あを」色を呈した古伊万里を展示しております。企画展『古伊万里の「あを」―染付・瑠璃・青磁―』は9月24日(日)までですので、どうぞお見逃しなく。
さて、今月の学芸の小部屋でご紹介するのは、上記展覧会の出展作品から「色絵 石畳文 角皿」(図1)。型を用いて、全体に方形とした角皿です。四隅付近をわずかに絞るほか、見込に小さく一段設け、口縁部も折り返して立ち上げるなど、細部にも気を配った造形。画面の半分程度を余白として残しつつ、見込の段の位置に合うように染付で方形を基本とした枠線を引き、各々に上絵で幾何学文様を描き込んだ石畳文を主題としています。
余白と石畳文の区切り方は、縦線と斜線を組み合わせた斬新なもの。寛文年間(1661~73)頃に刊行された小袖雛形本中に見られる大胆な構図(参考図)を彷彿とさせます。
また、裏面四方の流水文は、大きな渦を配し、濃(だみ/塗りつぶしのこと)の濃淡やぼかしを駆使しながら丁寧に表現しています。このような描き方は、17世紀後半の古伊万里にしばしば認められるものです。
このように、本作の構図や流水文には17世紀後半の特徴があらわれています。その一方で、17世紀末期以降の要素も見ることができます。
見込の石畳文に注目しますと、枠線は染付、その内側の幾何学文様は上絵で描かれており、下絵付けである染付と上絵付けを併用したいわゆる「染錦(そめにしき)」の作例であることがわかります(図3)。染錦は有田で上絵付けが開始される17世紀中期以来作られ続けているものではありますが、1650~60年代のいわゆる「青手(あおで)」や1670~90年代の典型的な柿右衛門様式など、それまでの色絵の代表的な作例が上絵付けのみを原則としていたのに対し、1690年代以降に完成する古伊万里金襴手様式は染錦を基本としていきます。
また、石畳文内の幾何学文様に注目すると、紫色・黄色・緑色の紗綾形(さやがた)文、赤色の渦文および卍文、赤色の格子文というように、配色の工夫はありますが、大きく3パターンの幾何学文様の繰り返しであることが見て取れます。このような反復文様による埋め尽くしは、古伊万里金襴手様式の基礎となる意匠です。
つまるところ、本作は17世紀後半の特徴を残しながらも、17世紀末期に完成する古伊万里金襴手様式の要素も出現している、過渡期の作例であると言えるでしょう。
さらに、上絵具の色からも、新しい時代の特徴が見えてきます。比較のために、17世紀後半の典型的な柿右衛門様式と、17世紀末期以降の古伊万里金襴手様式の作例も見てみましょう(図4)。「色絵 竹虎梅樹文 輪花皿」の場合、濃(だみ)に使用されている上絵具の色は、赤・青・緑・黄・金の5色です。対して、本作で見られるのは赤・緑・黄・紫。「色絵 獅子根菜文 鉢」では、赤・緑2種類・黄・金・紫が用いられています。古伊万里金襴手様式では、濃(だみ)の上絵の色数は作例によって様々ではありますが、染錦であるためでしょうか、基本的に上絵の青はほとんど見られなくなります。一方、上絵の緑はバリエーションが増加。柿右衛門様式時代の青緑系の緑に加えて、深緑に近い濃い緑が使用されています。そして、本作に見られる緑色も、この濃い緑であることがわかります。
なお、古伊万里金襴手様式の時代に用いられる緑色としては、もう一色、黄緑もあります(図5)。様々な上絵具の調合が記された柿右衛門家文書「赤絵具之覚」(元禄3年頃/1690)にも、緑系統の上絵具は「からもゑぎ」「うすもゑぎ」「なみからもゑぎ」と3種類があり、古伊万里金襴手様式の完成する1690年代には複数の緑色が展開していたことが文献史料からもうかがえます。
古伊万里金襴手様式は、中国・明時代の嘉靖年間(1522~66)頃に景徳鎮民窯で製作された様式のリバイバル・ブームを受け、人気を獲得していった様式です。景徳鎮窯の金襴手様式で使用される浅黄や緑の上絵具(図6)や萌黄地金襴(もえぎじきんらん)が、古伊万里金襴手様式における緑色のバリエーション展開のひとつの要因であると言えるでしょう。
本作は17世紀後半と17世紀末期以降の特徴を兼ね備えた過渡期の作例にあたります。上絵の濃絵具に注目すると、青色は用いられず、濃い緑が塗られており、新しい時代の要素が顕著に認められます。このような濃い緑や黄緑など17世紀末期以降に展開する緑色には、金襴手の再流行という需要者の求めに応じて上絵具の色を変化させる伊万里焼の柔軟さが見て取れます。
今展では、時の流行や技術の発達とともに変化する「あを」をご紹介しております。染付作品が主な出展品ではございますが、ぜひ上絵具の「あを」の変遷にもご注目いただけますと幸いです。
(黒沢)
【主な参考文献】
・矢部良明監修『古伊万里・金襴手展』読売新聞西部本社1997
・佐賀県立九州陶磁文化館『柿右衛門―その様式の全容―』佐賀県芸術文化育成基金1999
・十四代酒井田柿右衛門『余白の美 酒井田柿右衛門』集英社2004
・水町和三郎「柿右衛門の製品」『柿右衛門』金華堂1957
・村上伸之「古伊万里様式の成立とその時代背景」『華麗・絢爛の美 古伊万里金襴手作品』創樹社美術出版2016