学芸の小部屋

2023年11月号
「第8回:型押し成形」

 庭の樹々がほんのりと色づきはじめてきました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。戸栗美術館では展覧会『伊万里・鍋島の凹凸文様』(〜12月21日)を開催中です。伊万里焼や鍋島焼と言えば、主たる装飾は筆で描いた文様ですが、今展では凹凸(おうとつ)の文様に注目しています。貼り付けたり、白化粧土を重ねたり、彫り込んだりと、様々な技法であらわされる凹凸文様をお楽しみくださいませ。

 前号に引き続き、今月の学芸の小部屋も上記展覧会の出展品から、「色絵 壽字花唐草文 樽形水注」(図1)をご紹介いたします。本来は木製である結樽(ゆいだる)の形状を、磁器で模した容器です。



 本作の造形の肝は、側面部分に施した側板(がわいた)と箍(たが)の表現でしょう(図2)。2.5センチほどの間隔で縦方向に走る凹状の筋によって側板をあらわし、箍は凸状に表現してあります。本来の素材であれば、側板を竹釘で繋ぎ合わせ、竹で編んだ箍を嵌め、底部を取り付けていくことになりますが、磁器の場合は粘土が完全に乾き切らないうちに成形をする必要があり、また素焼き前の粘土は壊れやすいため、全く同じ手順で組み立てるのは非常に困難。そのため、側板や箍はあくまでやきものの表面に施した凹凸文様として再現してあります。



 箍は貼付けの技法でもあらわすことが可能でしょうが、本作の場合は側面部分全体の成形方法から、型押し成形(註)時の型による凹凸文様であると考えられます。側面部分が型押し成形であると考えられる理由としては、外側面に残されたヒビと内部の様子が挙げられます。
 側面を見ていくと、側板の筋とは別に、縦方向にヒビが見られます。そのヒビのちょうど反対側にも、もう1本。中央を通るように側面部分を二分できるような位置関係です(図3)。側面部分を半分ずつ型に押し付けて成形し、両者を貼り合わせ、その後、底面や天面も組み立てていったのでしょう。



 表面は成形痕が目立たないように整えてありますので、内視鏡カメラで内面も確認してみました。外側面のヒビ2箇所とそれぞれ対応する部分に、継ぎ目の粘土を撫で付けたような痕跡が認められます(図4)。また、周囲には指で粘土を押し付けた痕跡も多数。ここから、上述の通り側面部分は型押し成形で半分ずつ作って貼り合わせたものと推定できます。そして、側面部分全体が型押し成形であるならば、いずれにせよ型は用意しなければならないため、外側面の箍は型にあらかじめ施しておいた彫り文様を写し取った可能性が高いと言えるでしょう。



 加えて、底部の様子も成形の手順を示唆しています。内部を覗くと、側面部分と底部の間には貼り合わせる際の接着剤である泥漿(でいしょう)のはみ出しや、継ぎ目が確認できます(図5)。また、底部には内外とも布目が残されています。伊万里焼の成形時には、初期の轆轤型打ち成形(ろくろかたうちせいけい)で剥離剤の代わりとしたり、型押し成形時に型に粘土を押し付ける際に布を介したりと、度々布が用いられたと考えられています。本作も、底部とするための粘土の塊は布で挟んで厚さやおおよその形を整えたのでしょう。それを側面部分が出来上がった後に押し付け、組み立てたとみられます。



 最後に、天面にも注目してみましょう(図6)。上絵の赤や金彩で花唐草文をあらわし、白く残した窓内には染付で「壽」字を書しています。凹凸文様の観点から注目したいのは、松樹をかたどった把手。幹はヘラ削りによるものでしょうか、松特有の力強い幹の様子を表現しています。また、型抜きによるとみられる松葉を根本や中程に貼付けして、松樹らしさを醸しています。貼付けの松葉は同時代の水注や花生にも施されていますので、本作のためだけに松葉の型を製作したとは考えにくいのですが、本来の結樽の素材では表現の難しい松樹の把手を付けるというのは粘土細工ならではの遊び心に溢れた作為。側面部分でしっかりと結樽の形状を再現しているからこそ、本来の素材には無い把手の存在感が引き立っています。



 異素材の器物の形状を、型押し成形による陽刻文様を駆使して磁器で写した本作は、手間暇を掛けた造形や丁寧な絵付け、天面に染付で「壽」字を書していることからも、ハレの日のために特別に拵えた容器であったことがうかがえます。展覧会会場では、本作のほかにも角樽や銚子、ワインカップなど、異素材写しの伊万里焼をご鑑賞いただけます。器物の形状の再現性を高めている凹凸文様の存在にもぜひご注目ください。



(黒沢)


(註)型押し成形とは、原型などから起こした外型の内側に粘土を押し付けて成形する技法。

【主な参考文献】
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の見方2 成形』佐賀県立九州陶磁文化館2005


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