新年明けましておめでとうございます。本年も戸栗美術館を宜しくお願い申し上げます。
2024年は皆様ご存知の通り辰年。十二支では唯一の想像上の生物である、龍があてがわれています。中国で生み出された龍は、日本においても邪を払い、雨を司るとされ、豊穣の神として尊ばれ、絵画や工芸品などにあらわされてきました。江戸時代初頭に誕生した伊万里焼にも、早い段階から龍はモチーフとして採用されています。
伊万里焼に描かれる龍には、立派な角や爪を有するタイプから、まるで唐草文のように簡略化されたタイプまで、様々な姿を見ることができます。「色絵 団龍文 菊花形鉢」(図1)の見込にあらわされているのは、体を丸めた形姿から団龍文(だんりゅうもん)と呼ばれるものです。
本作は轆轤(ろくろ)挽きの後、柔らかいうちに型に押し当て18弁の菊花形とした鉢です。花弁に該当する部分に菊唐草文や花菱(はなびし)文、四方襷(よもだすき)文、渦に雲文を描いています(図2)。不規則に割り込ませた円窓には、椿や菖蒲、桜草と思われる花文。外側面の5弁のみ、薄赤(うすあか)を塗った地に金彩で藤文をあらわしています。区画割りや円窓を多用した構図、染付をベースに上絵の赤や緑、黄、紫、黒、そして金を用いた彩色、何より華やかに器面を覆う四季の花々の文様や様々な幾何学文様の組み合わせは、17世紀末期に成立した古伊万里金襴手様式らしい意匠です。
見込は染付の二重圏線で区画し、団龍、その周囲に唐花文をめぐらせています。龍の右前足には宝珠が握られ、また、体に雲を纏うなど、龍とともによく描かれるモチーフを伴っています。そして、今回注目したいのは、龍そのものの表現です(図3)。
そもそも、龍というのは「九似(きゅうじ)」と言い、角は鹿、頭は駱駝(らくだ)、目は鬼、胴は蛇、腹は蜃(しん/蜃気楼を作り出すとされる想像上の生物)、鱗は魚、爪は鷹、掌は虎、耳は牛と、9種類の動物に似ているとされています(註)。伊万里焼に見られる龍の中には、「色絵 龍鳳凰文 雪輪形鉢」に描かれるもののように上記の動物の特徴がよくわかるタイプの龍もありますが、本作の龍には角や爪が無く、鱗に関しても、細かな文様状には見えますが通常よりも釉薬内に気泡が多く残っており、はっきりと鱗を意図して描かれているかは定かではありません(図4)。
龍にも種類があり、江戸時代の百科事典とも言うべき『和漢三才図会』(寺島良安/1712成立)巻45龍蛇部の「螭龍(あまりゅう)」の項目には、「有鱗曰蛟龍、有翼曰應龍、有角曰虬龍、無角曰螭龍」、すなわち、鱗があるものは「蛟龍(こうりゅう)」、翼があるものは「応龍(おうりゅう)」、角のあるものは「虬龍(きゅうりゅう)」、角のないものは「螭龍(ちりゅう)」と呼ぶ、とあります。この分類に則ると、鱗の有無により判断が難しいところではありますが、掲載された図版の爪の無い様から考えても、本作の龍は螭龍に近いと言えるでしょう(図5)。
この種の爪の無い三本指のタイプの龍は、伊万里焼には1670年代以降に見られるようになるとされています。柿右衛門様式の色絵磁器のほか、1690年代に成立する古伊万里金襴手様式の色絵磁器にも作例が確認されています。とくに、古伊万里金襴手様式の場合は、「元禄柿」と呼ばれる元禄年間(1688~1704)の年紀と「柿」の字を合わせた銘を有する一群と近い文様表現を有する作例の中に、やはり角や爪の無い三本指タイプの龍が確認でき (図6)、古伊万里金襴手様式の中ではやや古格の作例に多く見られる龍の表現と言えるでしょう。
『和漢三才図会』の範となった『三才図会』(王圻/1609刊行)は、日本初の挿絵入り百科事典である『訓蒙図彙』(中村惕斎編/1666刊行)にも影響を与えました。『訓蒙図彙』巻14龍魚にも、「龍」や「蛟」とともに、やはり「螭(ち/あまりゅう)」として爪や角を持たないものがあらわされており(図7)、こうした各種百科事典が刊行されたことにより17世紀後半から龍の種類についての認識が広まり、伊万里焼においても龍のタイプの幅広さや作例の多さから人気のモチーフとなっていたことが想像されます。
1月7日より第3展示室で開催の『干支セレクション 龍』(〜3月21日)では、本作をはじめとして様々なタイプの龍文の伊万里焼約20点に加えて、中国の皇帝専用であった五爪二角の龍をあらわした明・清時代の官窯品6点も出展いたします。一年のはじまりを龍尽くしでお楽しみいただけましたら幸いでございます。豊穣のシンボルである龍を筆頭に、長寿を象徴する菊、葉が常緑を保つことから縁起が良いとされた椿など、本作に散りばめられた種々の吉祥文様のように、皆様にとってのこの1年が喜びに溢れたものでありますように祈念申し上げます。
(黒沢)
註:諸説あるが、本稿では羅願『爾雅翼』巻28「釋魚・龍」の記述を参照。
【主な参考文献】
• 佐賀県立九州陶磁文化館『柴田コレクションⅤ 延宝様式の成立と展開』同1997
• 佐賀県立九州陶磁文化館『柿右衛門—その様式の全容—』佐賀県芸術文化育成基金1999
• 静嘉堂文庫美術館『静嘉堂蔵 古伊万里』同2008
• 野崎誠近『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房2009
• テイケイトレード『小日向一丁目北遺跡—特別養護老人ホーム建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書』大和ハウス工業2019
• 大橋康二「柿右衛門様式後の柿右衛門窯系色絵磁器の推定試案」『亀井明德氏追悼・貿易陶磁研究等論文集』亀井明德さん追悼文集刊行会2016
• 奥冨雅之ほか「文京区小日向一丁目北遺跡出土の『柿右衛門』在銘の色絵小皿について」『柿右衛門様式から金襴手様式—高級磁器の生産と流通—』近世陶磁研究会2023