過ぎゆく春が名残惜しい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。当館では、『鍋島と金襴手—繰り返しの美—展』(〜6月30日(日))を開催中です。展示室内では引き続き桜や蒲公英といった春の花々がやきものにあらわされた文様としてお楽しみいただけるほか、これから見頃を迎える牡丹や紫陽花の描かれた作品もご覧いただけます。
さて、季節の花々をあらわした作品が多い鍋島焼の中、珍しく生物をモチーフとした例もございます。それが、今回の学芸の小部屋で取り上げる「色絵 鳳凰文 皿」。開催中の展覧会では、似たような図様で、しかし異なる時代に作られた3枚を展示しております。以下、「色絵 鳳凰文 皿」から時代を越えて繰り返される、つまり踏み返される図様をテーマにご紹介してまいります。
まずは、2枚の「色絵 鳳凰文 皿」の表面をご覧ください(図1)。それぞれ、2羽の鳳凰を相対するように配置しています。見込に空間を取り、鳳凰の尾羽が皿の縁をなぞるように伸びていく、丸皿に合わせた構図です。
焼き上がりの違いからか色合いが異なって見えますが、使用している絵具は染付の青、上絵の赤、黄、緑の4色で配色も全く同じ。尾羽部分に見られる、染付による青の線描きの直上に無造作に赤の線描きを加えたり、黄、緑を乗せたりするのは17世紀末期にはじまる盛期の鍋島には見られない手法です(図2)。
浅く、高い高台を伴う形状のほか、裏文様や高台文様も、2枚の「色絵 鳳凰文 皿」が鍋島焼の前期にあたる17世紀後半に製作されたことを示しています(図3)。左の1枚は裏面が牡丹風の花唐草文、高台は四方襷文をめぐらせます。右の1枚は蓮風の花唐草文に七宝繋文の組み合わせ。いずれも、七寸皿としては盛期以降には見られなくなる文様です。
裏文様と高台文様が全く異なるものであることから、これら2枚が元々別の組の食器として製作されたことも見えてきます。鍋島焼では、七寸皿以下の皿鉢類や猪口類は数十客単位の組食器として製作していました。揃いの食器としての完成度の高さも鍋島焼の特徴のひとつであり、同じ組食器の中では裏文様や高台文様も統一します。よって、これら2枚も元来別の組食器であり、2羽の鳳凰が相対する図様を有する鍋島焼は、同じ前期という時代にすでに複数組が製作されたと言えるでしょう。
続いて、3枚目の「色絵 鳳凰文 皿」も提示いたします(図4)。先の2枚と同様、見込を余白とし、2羽の鳳凰を相対させて配置。鳳凰の尾羽も口縁に沿って伸ばしていきますが、染付の青で雲もたなびかせることで、丸い器形に対してモチーフを円形に展開する構図を強調しています。
鳳凰の配色は染付による青と上絵の赤を基調とし、体や嘴に部分的に緑と黄を差すのみ(図5)。前期鍋島の2枚と比べると、だいぶ整理されています。羽の青色は若干のぼかしを入れ、尾羽の赤色の線描きは細かく丁寧に引くなど、盛期鍋島らしく念入りに製作された様子が滲み出ています。
3枚目の器形は、深い見込に高い高台を伴う木盃形。裏文様の七宝結文、高台の櫛目文にも、盛期鍋島の特徴が顕著にあらわれています(図6)。
年代判定のための資料が少ない鍋島焼では細かな編年を確立することは困難ですが、先の2枚と後の1枚は明らかに前期、盛期に区別でき、両者の間には十〜数十年程度の年代の開きがあることが推測されます。3枚の「色絵 鳳凰文 皿」からは、類似の図様が時代を越えて踏み返されていることが指摘できます。
図様の踏み返しを行う上では、製作されたやきものそのものが見本として残されていた場合もあったかもしれませんが、製作段階の下絵が引き継がれていた可能性も考えられます。現に、鍋島焼に関して鍋島家伝来の図案が残されており、中には「絵本」と記されている下絵があることから、これらの鍋島図案が手本として継承されていた様子がうかがえます。
「色絵 鳳凰文 皿」も下絵など何かしらの手本があればこそ、時を隔てて似たような図様で製作が行われたのでしょう。また、元禄6年(1693)に二代佐賀鍋島藩主・鍋島光茂から鍋島焼の藩窯があった大川内山を当時管轄していた有田皿山代官へ宛てられた指示書中に、仕上がりに関して「当世ニ逢候様ニ」と時代に即したデザインを求める文言が見られることから、盛期鍋島では前期の図様そのままではなく、改めてデザインが検討され、構成や配色が整理されたとみられます。
時代を越えても繰り返される図様には、その分長く受け入れられてきたという愛好の歩みを垣間見ることができます。『鍋島と金襴手—繰り返しの美—展』(〜6月30日)では、踏み返される図様の事例を鍋島焼だけではなく金襴手様式の伊万里焼でもご紹介しております。ぜひご覧くださいませ。
(黒沢)
【主な参考文献】
・鍋島藩窯研究会『鍋島藩窯—出土陶磁にみる技と美の変遷—』同2002
・拙稿「鍋島家伝来の図案―江戸時代における磁器製作―」『東洋陶磁』52東洋陶磁学会2023