現展示のご案内
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空欄

古伊万里唐草―暮らしのうつわ―展 
会期:2016年7月2日(土)~9月22日(木・祝)



伊万里 染付 花唐草文 藤花形皿
染付 花唐草文 藤花形皿
伊万里
江戸時代(17世紀後半)
口径 29.7×15.2㎝

伊万里 染付 蛸唐草文 手焙
染付 蛸唐草文 手焙
伊万里
江戸時代(18世紀前半)
高20.8㎝

伊万里 染付 白抜蛸唐草文 蓋付碗
染付 白抜蛸唐草文 蓋付碗
伊万里
江戸時代(18世紀)
通高7.5㎝




展覧会概要


 現代の食卓を飾るうつわにもしばしば描かれている唐草文様。古くは中東を起源とし、ナツメヤシやハスなどの植物文様が原形と言います。中国・朝鮮半島を経て日本へ伝来して以降、仏教装飾はもちろん、様々な工芸品にあらわされてきました。17世紀初頭に誕生した伊万里焼では初期から皿縁に装飾文様として用いるほか、主文様としてうつわ全体にあらわした作例もみられ、その意匠は花唐草・蛸唐草・みじん唐草へと展開していきました。

 また、唐草は単なる装飾としての役割だけでなく、連続して繋がる様に“子孫繁栄”や“長寿”などのイメージが重なり、それ自体に吉祥の意味が付与されました。“永遠に続く幸福”を願う人々の思いを背景に、18世紀以降、伊万里焼の定番の文様として庶民の間にも広く受け入れられていきました。

 今展では、17世紀初頭から19世紀前半にかけて製造された唐草文様の伊万里焼を約70点展示。江戸時代より人々の暮らしの中で愛されてきた古伊万里唐草の魅力に迫ります。

展示詳細


■Ⅰ 唐草のはじまり


 唐草とは、植物の蔓を曲線であらわし、連続させた文様。その始まりは古代エジプトや紀元前のアッシリアにみられる、ナツメヤシやハスなどの植物文様と考えられています。やがて古代ギリシャで蔓草を繋いだ唐草文が完成し、地中海から広く東西へと伝播しました。中国では石窟寺院の装飾にはじまり、唐時代には工芸品の題材とされ、陶磁器においては、元時代以降の青花に盛んに描かれました。
 日本へは5・6世紀頃に伝えらえたと言い、荘厳な仏教装飾として花開いた後、染織など工芸品の意匠となりました。陶磁器では17世紀初頭に初の国産磁器として生まれた伊万里焼において、装飾文様のひとつとして取り入れられました。


■Ⅱ 古伊万里の唐草


伊万里 色絵 花唐草文 香炉
色絵 花唐草文 香炉
伊万里(柿右衛門様式)
江戸時代(17世紀後半)通高14.9㎝

 唐草は伊万里焼の草創期から確認でき、その表現は時を経るにつれ変化をみせます。17世紀初頭の皿や瓶では副次的な使用が大半を占めますが、やがて主題として描いた作例も増え、17世紀中期には菊や牡丹などの花を中心に据えて周りを唐草で繋いだ“花唐草”が多くみられるようになります。この頃には中国より色絵技術が伝わり、唐草の表現に瑞々しい色彩が加わりました。絵付け技術が頂点を迎えた17世紀後半には、より密に蔓をめぐらせ、花や葉を柔らかな染付の青の濃淡であらわした、繊細で優美な花唐草が完成しました。
 18世紀に入り、花唐草は伊万里焼の定番文様となります。以降、色絵や金彩の表現もあるものの、うつわを埋めつくす唐草の主役となったのは青1色の染付製品でした。18世紀後半には西欧への輸出事業が衰退し国内需要に向けた量産化が進む中で、花唐草から花が消え、19世紀には蔓を簡略化した“みじん唐草”へと大きく変化しました。

伊万里 染付 扇面文 鉢

■Ⅲ 永遠の蛸唐草


伊万里 色絵 牡丹文 水注
色絵 牡丹文 水注
伊万里
江戸時代(18世紀前半)通高14.7㎝

 古伊万里唐草には花唐草の系統とは別の発展を遂げたものがあります。蔓に突起状の葉を加えたその文様は、蛸の足のようにみえることから近代に至り“蛸唐草”と呼ばれるようになりました。17世紀中期より萌芽がみられ、元禄年間(1688-1704)頃まで輪郭線の中を丁寧に塗って描かれていました。やがて18世紀には線描きであらわされるようになります。この頃には食器のほかにも様々な磁器製の生活道具が生まれ、蛸唐草がそれらの複雑な器形を自在に埋めていきました。19世紀以降は単調な細線で渦を強く巻いた蛸唐草の製品が量産され、より幅広い層に普及していきました。
 蛸唐草の軸となる太い蔓の渦巻きが力強く繰り返される様子は、観る者に植物のもつ生命力や永遠性を感じさせます。そうしたイメージが“子孫繁栄”や“長寿”、“永遠の幸福”など、いつの世も人々が抱き続ける願いと重なり、伊万里焼の定番文様としてこれほど長く人々に親しまれることに繋がったのでしょう。

  伊万里 染付 扇面文 鉢

■Ⅳ 暮らしのうつわ


染付 花唐草文 皿
染付 花唐草文 皿
伊万里
江戸時代(18世紀)口径20.5㎝
 18・19世紀には、それまでの主な需要層である大名などの特権階級に加え、裕福になった町人たちが伊万里焼の消費者となります。江戸の大名屋敷跡からは唐草の皿が数十客の単位で大量に出土し、大人数が集う饗応の場で組皿として用いたと推察されます。また、19世紀の江戸の街に続々と開いた料理屋や屋台でも伊万里焼や瀬戸製の磁器などが大量に消費されたと考えられています。
 皿・鉢・碗・猪口など、この時代の伊万里焼の多くに唐草が描かれたのは、消費者の好みに合致したのはもちろん、連続文様による構成が絵付けの上手下手を問わず誰しも描きやすい文様であったこと、器形に合わせた形でいかようにも描けること、といった量産に適した文様の利便性が影響したと考えられます。江戸後期、伊万里焼の普及により人々の暮らしのうつわとなった古伊万里唐草をご紹介致します。





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  『古伊万里唐草―暮らしのうつわ―展』プレスリリース
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