2026年度春号
「余白」
枝垂桜の開花が進み、館庭もようやく春めいてきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
「学芸の小部屋」は本年度より各展覧会会期中に1度、不定期の更新とさせていただきます。何卒ご了承くださいませ。
さて、当館では4月3日より『伊万里・鍋島に映った四季―和の意匠展―』を開催します(〜6月21日(日))。館蔵の伊万里焼と鍋島焼から、桜や富士、秋草など季節の草花や自然をモチーフとした作品約80点を出展します。世界的な気候変動の影響か、季節の進行も一筋縄ではいかない昨今ですが、江戸時代のやきものに表現された四季折々の風情をお楽しみいただければ幸いです。
今展のキーワードは「四季」や「自然」などがありますが、もうひとつ、「和様(わよう)」を挙げています。「和様」は「唐様(からよう)」、つまり中国の様式に対して日本の風土や感性によって生み出された様式を指します。伊万里焼の場合は、技術に関しては朝鮮半島の影響を受けて始まりましたが、意匠の上では中国磁器を志向していました。しかし、17世紀半ばに生じた明から清への王朝交代の影響により中国との貿易が停滞すると、日本国内に存在していた意匠に目が向き「和様化」が進んだとされます。
モチーフの和様化については展覧会本編に譲るとして、本稿では構図における和様化を出展品から見ていきます。今展では、伊万里焼については17世紀後半の作例を中心に展示しており、その中で目につくのが、余白をたっぷりと取った左右非対称の絵画的な構図の作例です(図1)。
日本で馴染みの深いアヤメ科の花や撫子をそれぞれ描いた皿。いずれも、主題となる草花は右方に寄せ、左方は広く余白として残しています。低い垣根も描いていますが全容は示しておらず、余白に続く景観を鑑賞者個々人の想像に委ねるような構図です。
余白を設けた構図は伊万里焼が誕生した17世紀前半からすでに見られますが、17世紀後半に入るとより綿密に計算された構図へと変化していきます。一例として、「岩に植物」を主題とした作例で見比べてみましょう(図2)。
17世紀前半の初期伊万里である「染付 花卉文 皿」(図2左)のモチーフは、桜と推測される植物。初期伊万里らしい伸びやかな筆致で描いており、見込中央付近に見どころとなる満開の花を配置しています。全体にクローズアップして表現しており、左下方の岩は少し見切れています。対して、17世紀後半の色絵磁器である「色絵 女郎花文 皿」(図2右)では、見込やや左方に女郎花(おみなえし)の花を描き、岩も含めて全体を画面に収めています。さらに言えば、岩を重心として二等辺三角形を形成するように女郎花を配しており、余白が多い中にも安定感のある構図を生み出しています(図3)。「岩に植物」という同様の主題をあらわす場合にも、17世紀前半と後半では構図の取り方が異なり、17世紀後半には広く余白を設ける構図が確立されたことがうかがえます。
「色絵 女郎花文 皿」や、「染付 菖蒲文 皿」、「染付 撫子文 皿」が製作された17世紀後半は、伊万里焼の製磁技術が向上した時代であり、典型的な柿右衛門様式作品に見られる「濁手素地(にごしできじ)」に代表されるような、白い磁肌が完成しました。染付併用の色絵磁器や染付磁器であっても丁寧に精製されたとみえるものが多く、白い磁肌があってこそ、余白の多い構図も引き立っています。
また、余白の多い構図が17世紀後半に成立した背景としては、同時代の日本絵画の影響が指摘されています。すなわち、狩野探幽や土佐光起らが活躍した時代であり、絵画史上でも余白を広くとる構図が17世紀後半頃の特徴とされています。そして、この余白は単なる「何も描かれていない間」ではなく、景趣を宿らせ、鑑賞者の想像を誘発させるものとして捉えられています。17世紀後半の伊万里焼においても、白い磁肌に支えられた余白が、絵画と同様に豊かな景趣を醸していると言えるでしょう。
ところで、伊万里焼の技術を基に、献上・贈答品などとして製作された鍋島焼にも、余白の多い構図の作例をいくつか見ることができます(図4)。「色絵 秋草文 皿」は見込に余白を設けながら秋草を描いた作品。左方や下方に見切れる部分があって柿右衛門様式をはじめとした17世紀後半の伊万里焼とはまた異なる趣ではありますが、広く開けた右方の空間に秋の風情を感じさせる構図です。
ただし、鍋島焼は伊万里焼の意匠を参考にしながらもさらなる独自性を開拓していき、「中央白抜き構図」と呼ばれる、伊万里焼ではわずかに用いられますが、中国陶磁器には見られない構図を得意としていきました(図5)。見込という本来最も重要な部分に何も描かないという斬新さ、そして円のみならず様々な形状で見込中央を残し、その余白を「白い文様」に変えていく工夫は、17世紀後半の伊万里焼の方向性とは全く異なる和様化の深化と言えるでしょう。余白に対する考え方の違いが、柿右衛門様式と鍋島様式の目指す装飾性の違いを浮き彫りにしているとも言い換えられます。
日本絵画からの影響とみられる、17世紀後半の余白の多い構図の成立は、伊万里焼の構図面での和様化の表象と言えます。描かれたモチーフも撫子や女郎花といった秋草、カキツバタとも見えるアヤメ科の植物など、豊かな詩情を湛えています。こうした景趣を宿らせた余白の表現は鍋島焼にも受け継がれますが、鍋島焼では「中央白抜き構図」に代表されるような、白い文様とも見える余白を設けた構図を生み出し、独自の和様化を深めていきました。
「余白」には、鑑賞者それぞれが想像を広げることができます。「余白」に思い思いの景趣を重ね合わせながら、伊万里焼や鍋島焼にみる四季の移り変わりを感じていただければ幸いです。
【主な参考文献】
・矢部良明編『日本の美術176 鍋島』至文堂1976
・武田恒夫『狩野派絵画史』吉川弘文館1995
・武田恒夫『屏風絵にみる季節』中央公論美術出版2008
・松浦里彩『肥前磁器の意匠研究―柿右衛門様式の成立と展開―』同成社2022
・朴泰成「寛文期から享保期における柿右衛門様式の変遷と狩野派との相関性」『九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター論集』1, 2005
「学芸の小部屋」は本年度より各展覧会会期中に1度、不定期の更新とさせていただきます。何卒ご了承くださいませ。
さて、当館では4月3日より『伊万里・鍋島に映った四季―和の意匠展―』を開催します(〜6月21日(日))。館蔵の伊万里焼と鍋島焼から、桜や富士、秋草など季節の草花や自然をモチーフとした作品約80点を出展します。世界的な気候変動の影響か、季節の進行も一筋縄ではいかない昨今ですが、江戸時代のやきものに表現された四季折々の風情をお楽しみいただければ幸いです。
今展のキーワードは「四季」や「自然」などがありますが、もうひとつ、「和様(わよう)」を挙げています。「和様」は「唐様(からよう)」、つまり中国の様式に対して日本の風土や感性によって生み出された様式を指します。伊万里焼の場合は、技術に関しては朝鮮半島の影響を受けて始まりましたが、意匠の上では中国磁器を志向していました。しかし、17世紀半ばに生じた明から清への王朝交代の影響により中国との貿易が停滞すると、日本国内に存在していた意匠に目が向き「和様化」が進んだとされます。
モチーフの和様化については展覧会本編に譲るとして、本稿では構図における和様化を出展品から見ていきます。今展では、伊万里焼については17世紀後半の作例を中心に展示しており、その中で目につくのが、余白をたっぷりと取った左右非対称の絵画的な構図の作例です(図1)。
日本で馴染みの深いアヤメ科の花や撫子をそれぞれ描いた皿。いずれも、主題となる草花は右方に寄せ、左方は広く余白として残しています。低い垣根も描いていますが全容は示しておらず、余白に続く景観を鑑賞者個々人の想像に委ねるような構図です。
余白を設けた構図は伊万里焼が誕生した17世紀前半からすでに見られますが、17世紀後半に入るとより綿密に計算された構図へと変化していきます。一例として、「岩に植物」を主題とした作例で見比べてみましょう(図2)。
17世紀前半の初期伊万里である「染付 花卉文 皿」(図2左)のモチーフは、桜と推測される植物。初期伊万里らしい伸びやかな筆致で描いており、見込中央付近に見どころとなる満開の花を配置しています。全体にクローズアップして表現しており、左下方の岩は少し見切れています。対して、17世紀後半の色絵磁器である「色絵 女郎花文 皿」(図2右)では、見込やや左方に女郎花(おみなえし)の花を描き、岩も含めて全体を画面に収めています。さらに言えば、岩を重心として二等辺三角形を形成するように女郎花を配しており、余白が多い中にも安定感のある構図を生み出しています(図3)。「岩に植物」という同様の主題をあらわす場合にも、17世紀前半と後半では構図の取り方が異なり、17世紀後半には広く余白を設ける構図が確立されたことがうかがえます。
「色絵 女郎花文 皿」や、「染付 菖蒲文 皿」、「染付 撫子文 皿」が製作された17世紀後半は、伊万里焼の製磁技術が向上した時代であり、典型的な柿右衛門様式作品に見られる「濁手素地(にごしできじ)」に代表されるような、白い磁肌が完成しました。染付併用の色絵磁器や染付磁器であっても丁寧に精製されたとみえるものが多く、白い磁肌があってこそ、余白の多い構図も引き立っています。
また、余白の多い構図が17世紀後半に成立した背景としては、同時代の日本絵画の影響が指摘されています。すなわち、狩野探幽や土佐光起らが活躍した時代であり、絵画史上でも余白を広くとる構図が17世紀後半頃の特徴とされています。そして、この余白は単なる「何も描かれていない間」ではなく、景趣を宿らせ、鑑賞者の想像を誘発させるものとして捉えられています。17世紀後半の伊万里焼においても、白い磁肌に支えられた余白が、絵画と同様に豊かな景趣を醸していると言えるでしょう。
ところで、伊万里焼の技術を基に、献上・贈答品などとして製作された鍋島焼にも、余白の多い構図の作例をいくつか見ることができます(図4)。「色絵 秋草文 皿」は見込に余白を設けながら秋草を描いた作品。左方や下方に見切れる部分があって柿右衛門様式をはじめとした17世紀後半の伊万里焼とはまた異なる趣ではありますが、広く開けた右方の空間に秋の風情を感じさせる構図です。
ただし、鍋島焼は伊万里焼の意匠を参考にしながらもさらなる独自性を開拓していき、「中央白抜き構図」と呼ばれる、伊万里焼ではわずかに用いられますが、中国陶磁器には見られない構図を得意としていきました(図5)。見込という本来最も重要な部分に何も描かないという斬新さ、そして円のみならず様々な形状で見込中央を残し、その余白を「白い文様」に変えていく工夫は、17世紀後半の伊万里焼の方向性とは全く異なる和様化の深化と言えるでしょう。余白に対する考え方の違いが、柿右衛門様式と鍋島様式の目指す装飾性の違いを浮き彫りにしているとも言い換えられます。
日本絵画からの影響とみられる、17世紀後半の余白の多い構図の成立は、伊万里焼の構図面での和様化の表象と言えます。描かれたモチーフも撫子や女郎花といった秋草、カキツバタとも見えるアヤメ科の植物など、豊かな詩情を湛えています。こうした景趣を宿らせた余白の表現は鍋島焼にも受け継がれますが、鍋島焼では「中央白抜き構図」に代表されるような、白い文様とも見える余白を設けた構図を生み出し、独自の和様化を深めていきました。
「余白」には、鑑賞者それぞれが想像を広げることができます。「余白」に思い思いの景趣を重ね合わせながら、伊万里焼や鍋島焼にみる四季の移り変わりを感じていただければ幸いです。
(黒沢)
【主な参考文献】
・矢部良明編『日本の美術176 鍋島』至文堂1976
・武田恒夫『狩野派絵画史』吉川弘文館1995
・武田恒夫『屏風絵にみる季節』中央公論美術出版2008
・松浦里彩『肥前磁器の意匠研究―柿右衛門様式の成立と展開―』同成社2022
・朴泰成「寛文期から享保期における柿右衛門様式の変遷と狩野派との相関性」『九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター論集』1, 2005
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